RoomからA BOOKへ、そしてQuietlyへと。
この“Quietly(クワイエトリー)”は紙版画によるシリーズ作品です。2017年から制作を始めた“Room(ルーム)”というシリーズが、その後“A BOOK(ア ブック)〜しずかな こえ〜”という絵本タイプのアートブック作品(紙版画作品を原画とし、オフセット印刷で刷った後に上製本とする)へと表現のあり方がうつろい、そしてその後、再び変化していったのがこのQuietlyシリーズとなります。
いずれのシリーズもテーマは一貫しております。それは日常生活のなかで、何かの拍子に“その場”や“その時”そのものに感じる感慨。自身の自覚の隙間からじわりと入り込む、美しさへの静かな気づきであり、それはさらに、記憶の底に滲み出す優しみとなっていくような、そんな感慨です。不意に出くわした“その場”や“その時”に、数秒だけでも身を委ねると、“その場”に対して、目を細め穏やかな心持ちで眺めると同時に、記憶のかなたの思わぬところに散らばっていた、安堵感のようなものが、“その時”に交わろうとおぼろに集まり出すような感覚…とでもいいましょうか。
説明で整えようとするほど、言葉で捉えることの難しさに気落ちするのですが、目に見えている状況がなければ、感じることができない、しかし、確かに感じているのに、その正体を目だけでは見いだせない。それを単に耳慣れた“空気感”と一言するには、扉の開けかたが少々乱暴な気もします。この名状しがたい感覚、それ自体がこのシリーズのテーマであり、強いて言うなら私たちの“感受性の肌理(きめ)”のようなものがモチーフなのかもしれません。
振り返るに、RoomシリーズからA BOOK〜しずかな こえ〜を経て、今回のQuietlyシリーズに至るまで、作品制作を重ねるごとに少しずつでも得る、様々な気づきの邂逅が、表現自体に対する度々の思索を招き、その時々に見合った素材や手法を得て、作品表現の緩やかな変化を招いているようです。静かで優しく、柔らかな印象が得られる紙版画ですが、仕上がりはいつも単一作品(モノタイプ)となり、版画でありながら非反復性や不可逆性を前提とした試行錯誤を重ねていくうちに、結果としてですが“描くように刷る”という感覚が、次第に目覚めていったようでもあります。
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