Nuance series(ニュアンス シリーズ)2020
技法:水性顔料ペンによる彩色 / 用紙:ヴァンヌーヴォー / サイズ:420×594㎜
Nuance seriesの各タイトルは、作品の大切な一部だと、いつも感じます。作品制作では、水性顔料ペンで厚紙にひたすら色を塗り重ね続けまして、制作期間は作品によっても異なりますが、およそ1ヶ月前後はひたすら塗り続けているようです。夢中というか、無我というか、紙と自分とペン先しか存在しないような、例えるなら“止まった時間”のような状態で、絵が少しずつ色を纏出し、徐々にその姿を現してくるわけですが、それと同時にタイトル(言葉)も、その姿を得るべく、脳裏で輪郭が浮かび上がってくるのです。Nuance作品を描くとき、そのモチーフ(あるいは動機)はいつも、日常生活のある部分や瞬間に、薄らと当たる淡いスポットライトのような感じで自分に訪れます。よく目を凝らしてみないとわからないほどのライトが、ぼんやりとそこに何かがあることを指し示している感覚。その時点では、スポットライトの範囲が曖昧で何が心を惹きつけているのか判然としないものですから、その印象を小さな紙にサムネイルとして描きとどめ、それと同時に紙の裏側に、糸口となるであろう見えた言葉を様々に記しておきます(実際には妻に書きとめてもらうのですが、僕は字がめっぽう下手で、時間が経つと自分で書いた文字が解読できず、結局読み返す際には妻に尋ねる…という始末、笑)。そんなサムネイルを描きためているうちに、どうしてもこれは描いたほうがよさそうだ、そんな“予感”に導かれて、いよいよカラーペンで塗り始めるのです。塗り重ねていくと、真っ白だった紙上に、次第に心惹かれた何かが、姿を徐々に現し出すのですが、塗り重ねられていくのは、決して絵柄だけではないようなのです。塗り重ね続ける時間、それは描こうと思った動機を幾度も反芻する時間でもあり、そのように自問を重ねることで、当初は散発的に並べた言葉が、次第に折り重なり、徐々にタイトルへと続く言葉が見えてくる感覚があり、地味なものですが、そんなことを、描いている間は繰り広げております。そうしているうちに、先述のような、ぼんやりと曖昧なスポットライトが、次第にそのフォーカスを強めていくものですから、あの“予感”に対する“答え合わせ”のような楽しさもあります。仕上がったとき、その絵は結果として抽象性が強い場合もあれば、少しの具象性をおびている場合もあるのですが、いずれにせよ、制作が進むにつれ輪郭が見えてくる、タイトルという“言葉”は、あるときは抽象性をさらりと補完し、あるときには具象性をほどよく手隠ししてくれる、もはや大切な“絵の部分”と言えるのです。絵と言葉が、互いの特性の違いを前提としながらも、同じ時間を、それぞれがひたすら重ね続けることで、次第に近づき馴染みあい、一体となっていく過程は、ちょうど左と右の手を重ねて合わせて作った、手の器のようでもあり、結果として、ニュアンスという曖昧なモチーフを、壊さないよう“柔らかいままに”すくい取るのに、必要な“手”なのだと思えます。Nuance series 2020の作品はあと少しだけ続き、追加されていきますが、文章を締めくくるにあたり、今回も最後に2年前のNuance series紹介文で書かせていただた内容の一節を、以下にあらためてご紹介したいと思います。
………僕たちのこの世界が、広義の意味合いにおいて、“違い”でできているとするなら、この“違い”どうしが、調和や均衡へ向かおうと、手を取り合い、抱きしめ合い、互いの差を埋めようと、つまり“繋がろう”とするとき、そこに生じる“事象の戸惑い”にこそ、私たちが“美しい”と感じることの本質と、そう感じることができる“チャンス”も、同時に潜んでいるように思えるのです。このNuance(ニュアンス)という作品は、そんな美しさにまつわる、自分なりの体験を、厚紙に水性顔料ペンで描き込んだ、ペン画作品のシリーズです。具象と抽象の違いを意識し過ぎないよう、インスピレーションを心に留めたなら、ペンでひたすら塗りあげます。細いペンで広い面のすべてを、一度に塗りつぶすのは、ままならないことではありますが、生じる塗りムラを恐れず、ただひたすら幾重にも塗り重ね続けていきます。すると次第に単なる塗りムラであったものが、絵全体の印象を支えるような、ニュアンスとなって立ち現れるのですから不思議です。
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